デュカス: ピアノソナタ / 魔法使いの弟子(ピアノ三重奏版)
デュカスのピアノソナタといえば、長く複雑な楽譜の譜読みの大変さ、高速な跳躍や反復(最高度とまではいえないが)、そして何より集中力を維持することの困難さなど、技術的な要求の高さが印象的な作品である。よく言われるように技巧はそれ自体が目的になるのではなく、この壮大な音楽に奉仕するためのものであることは間違いないが、そうはいっても本作品の魅力の何分の一かは、ほかならぬピアノ技巧の素晴らしさに依存しており、技巧それ自体をスパイスとして楽しめなければ、長いだけにちょっと退屈する部分もあると思う。だからというわけでは全くないが、この曲の最も好きな演奏はマルカンドレ・アムランのものだった。ただこれは現在のところ配信で聴くことはできない(出所不明のライブ版がYoutubeにある。唖然とするほど完成度の高いライブ演奏である)。
かつてはデュカスの作曲の弟子でもあったユボーの演奏が有名だった。ユボーはこの頃フォーレなど集中的にスタジオ録音を残していたとはいえ既に70歳を超えている。それにも関わらず演奏の完成度・安定度は非常な高みにあり、そのことにまず何よりも驚かされる。指示に忠実なテンポを取り、オーセンティックな造形を保ちつつ運動感に溢れ、録音は古いながらも音自体は美しい。
Paul Dukas: Piano Sonata in E-flat Minor
Jean Hubeau (pf)
(1987)
今ではこの曲も多くの録音で聴くことができるが、やはり腕に覚えのあるピアニストが挑戦するといった風の録音が多くて頼もしい。以下いくつか聴いた中で良かったものを並べてみた。どれもスタジオ録音であり実演とは異なるだろうが、おそらくは実演で聴いたら興奮させられ、拍手を惜しまないものになりそう。
Olivier Chauzuはサマズイユのピアノ曲全曲アルバムも出している人。音色が特に豊かで重量感もある。
Paul Dukas: Piano Sonata in E-flat Minor
Olivier Chauzu (pf)
(2007)
次のBillautのアルバムは以前から聴いてきたものだが、Spotifyでは第2楽章が途中までで切れてしまっているようだ。終楽章第2主題に続く行進曲風テーマ(左手にマルトレの指示がある箇所)のテンポを少し遅く取っていて、勝利の凱歌を厳かに響き渡らせるといった感じが他になく貴重である。
Paul Dukas: Piano Sonata in E-flat Minor
Hervé Billaut (pf)
(2014)
最後はごく最近のアルバムで、アルカンの録音でも有名なマルテンポのデュカスということで期待して聴いた。いわゆるヴィルトゥオーソ的な派手さは抑えていて全体にオーソドックスである。終楽章再現部以降の一気呵成の運びは見事。
Paul Dukas: Piano Sonata in E-flat Minor
Vincenzo Maltempo (pf)
(2022)
デュカスの作品をもう一曲、有名な交響的スケルツォ『魔法使いの弟子』をピアノトリオで演奏したものがあった。アルバムの"Stolen Music"という変わったタイトルは、ストラヴィンスキーの「二流の芸術家は真似する。一流の芸術家は盗む」という語録にあやかったらしい。若いトリオで、以前ここでも取り上げた"Linos Ensemble"と名前は似ているが関係ない。この編曲は独自のものということ、なかなか聴かせる。ピアノトリオだと、弟子の狼藉も可愛いもので、魔法を解かなくても何とかなりそうに思えてしまうが。
Paul Dukas: L'apprenti sorcier
Arr. for Piano Trio
Linos Piano Trio
(2021)
しかしこのアルバムのメインはやはりEduard Steuermann編曲の『浄夜』だろう(IMSLPに楽譜がある)。ヴァイオリン、チェロのソロの線と、絶妙なアレンジのピアノとの間の対話がこんなにも美しく絡み合う曲だと再認識できるのはこの編曲ならではの魅力だと思う。最後にラヴェルの『ラ・ヴァルス』がこれも独自の編曲で入っている。旋律に繰り返し掛けられるポルタメントは、確かに原曲にもあって雰囲気を出す重要な要素だとはいえ、ソロだと明瞭な分しつこくなってしまい好みではなかった。
(May 20, 2023)