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// by 折場 捻人

ブラームス: クラリネット五重奏曲

何年か前にNHKで偶然見た安楽死を扱ったドキュメンタリー番組には、思わず背筋が凍るような衝撃を受けた記憶がある。このブログの第1回でも取り上げたフィンランドの弦楽四重奏団 Meta4 による "Quasi Morendo" と題されたアルバムの最初に入っているクラリネット独奏曲 "Let Me Die Before I Wake" も、タイトルからして安楽死に関連する曲ではないかと思い調べたらやはりそうだった。そもそもアルバムタイトルが既に死を明示している(ジャケットの荒野の電柱も象徴的だ)。続けてブラームスの『クラリネット五重奏曲』が演奏される。冥土で聴くブラームス、とまでは言わないでおきたい。観念的な「諦観」を何度持ち出しても及ばない、リアリティを伴った演出であり演奏である。

その冒頭の独奏曲が弱音主体でクラリネットの特殊奏法に終始するものであり、それによって自然と耳の感度が上がるので、続くブラームスも新鮮に、高解像度で立ち現れてくる。実際この演奏はちょっと類を見ないようなものであり、音色やアゴーギク、強弱がとても独創的かつ綿密に制御されている。だからといって奇矯な演奏、やり過ぎてベタベタした演奏にはなっておらず、まったく正反対のクリアで静寂を感じさせる美しい音楽になっている。これはひとえに奏者のセンスが優れていることによるのだろう。枯山水を見ているような境地に近いかもしれない。

Johannes Brahms: Clarinet Quintet
in B Minor, Op. 115
Reto Bieri (cl)
Meta4
(2016)

この『クラリネット五重奏曲』は、一旦ブラームスが作曲の筆を擱こうとした後、創作意欲を再燃させて出来上がったものの一つだということはよく知られている。にもかかわらず、この曲にはまさに "Quasi Morendo" そのものの、生命力の弱まりを感じさせる一面がある(それを含めての完成度の高さであることはいうまでもないが)。漠然とした要因ならクラリネットの透明な音色のことがよくいわれるし、両端楽章の各コーダでモチーフが総合されるのでなく空中分解したように単体で現れる所なども分かりやすい。さらに、筆を擱く決意をする直前、『クラリネット五重奏曲』の1年前の作品である『弦楽五重奏曲第2番』と対比させると、一層そういった特徴が理解できる気がする。ということで、同曲(個人的にブラームスの室内楽曲の中で最も好きな作品だ)の最近聴いた録音も取り上げておきたい。演奏はプロコフィエフの回でも取り上げたパヴェル・ハース四重奏団である。プロコフィエフの演奏から類推して当然これくらいはやってくれるだろうという期待を裏切らない高水準の、力と幸福感に満ちた演奏だ。

Johannes Brahms: String Quintet No. 2
in G Major, Op. 111
Pavel Haas Quartet
Pavel Nikl (va)
(2021)

なお、『クラリネット五重奏曲』のヴィオラ版やピアノ独奏編曲にも優れた演奏があるが、蛇足になりそうなのでここでは取り上げない。前者は『弦楽五重奏曲』と同じ編成になるわけで、まさにこの『第2番』と組み合わせたアルバムもある。後者(演奏はChristopher Williams)では最晩年のピアノ小品と共通する発想を垣間見ることができる。

 

(Jul. 27, 2024; Rev. Aug. 10, 2024)