エリコット: ピアノ三重奏曲第2番
1907年のコベット・コンペティションでブリッジ、フリスキン、アイアランドに続いて入賞したのは、二人の女性作曲家アリス・ヴァーン゠ブレット (Alice Verne-Bredt) とスーザン・スペイン゠ダンク (Susan Spain-Dunk)、どちらも初耳の名前だ。1868年生まれのヴァーン゠ブレット作『Phantasyピアノ三重奏曲』は、"English Romantic Trios" というアルバムに収められていてすぐに見つかった(Meridianレーベルのこのアルバム自体はかなり前におすすめに出てきていたもので見覚えがあった)。さっそく聴いてみたところ、緊張感のある出だしのテーマ、続いてまずチェロが奏でるロマンティックな旋律、そしで飛び回るような躍動のある部分で変化を出すあたりまではまずまずだったが、その後冒頭テーマに戻すまでの部分の作りがどうも子供っぽく聴こえるのは残念であった。
アルバムに一緒に入っていた中では、ロザリンド・エリコットというこれも女性作曲家の『ピアノ三重奏曲第2番』が端正な出来で最も良いと思った。この曲の出版が1891年、エリコットはエルガーと同じ1857年の生まれということで、19世紀、それも初期ロマン派を思わせる破綻のない構成の上に夢見るような楽想を載せたという感じのまとまりの良い曲である。
Rosalind Ellicott: Piano Trio No. 2
The Summerhayes Piano Trio
(Released 2005)
同アルバムはすべて初録音曲ぞろいということだが、冒頭に置かれたトマス・ダンヒル (Thomas Dunhill) の『ピアノ三重奏曲 ハ長調』も魅力的であった。後にコベットの委嘱で作られた『Phantasyピアノ三重奏曲』(カット版だがサモンズ、ターティスらによるSP録音がある)とは別の、第1楽章しか残されていない1900年の作品である。古典的で軽い印象だが悪くない。ドイツリートのような曲である。ちなみにトマス・ダンヒルは、有名な喫煙具ブランドの創業者の弟である。ダンヒルの作品は少ないながらも他にも録音があるようで、下のHyperionのアルバムにも『ピアノ五重奏曲』が収められているのだが、それを聴くと組み合わされたフレデリック・デランジェの『ピアノ五重奏曲』の方がよさそうだという具合に、芋蔓式に次々と知らない作曲家の曲に出会うことになる(エリコットのもう一つのピアノ三重奏曲第1番を収めたアルバムもあって、そちらはまだ探索していないがまた別の未知の作曲家群の入口になっているようだ)。デランジェはフランスからイギリスに帰化した大富豪で、管弦楽のためのワルツ『真夜中のバラ(Midnight Rose)』はムーディーな小品である。
Frédéric d'Erlanger: Piano Quintet
Piers Lane (pf)
Goldner String Quartet
(2019)
話を冒頭に戻すと、スーザン・スペイン゠ダンクのピアノ三重奏曲は見つからなかったが、代わりに『Phantasy四重奏曲』を聴くことができた。スペイン゠ダンクはコベットの私的な四重奏団でヴィオラを弾いていたこともある人で、それだからかどうかわからないが、この曲もコベットのいう "Phantasy" の条件を忠実に守り、また弦楽四重奏の良さも手際よく引き出している完成度の高い曲だと思う。他のアルバムで『弦楽のための組曲』を聴くこともできたが、そちらもシンプルで美しい曲であった。
Susan Spain-Dunk: Phantasy Quartet
in D Minor
Archaeus Quartet
(Released 2001)
ここに挙げた曲はどれも激しく感情を揺さぶられたり極端に驚かされたりということはなく、突き抜けたものを感じない穏やかでこぢんまりと美しい曲ばかりである。それが作曲家の限界である可能性もあるが、何かしら心に引っ掛かるものがあるというのはやはりそれだけのことはあるのだろう。じんわりと温かいこういうのも悪くない。
(Jan. 20, 2024)