Streaming@Okutama
// by 折場 捻人

ヒラー: ピアノ四重奏曲第3番

ライネッケはライプツィヒで活躍する前はケルンの音楽院で教えていた。このケルン音楽院を創設し、13歳下のライネッケを招聘したのがフェルディナント・ヒラーである。メンデルスゾーン、ショパン、シューマン、リスト、アルカンらと同世代で交流もあり、彼ら初期ロマン派の話の中によく脇役として出てくるので名前を目にする機会は多いにも関わらず、その作品を聴くのは今回が初めてだ(ちなみにメンデルスゾーンとは後に仲違いしている)。ピアノ作品で知られるヘラー(ステファン・ヘラー)と名前が似ているので混同しそうになる。録音はあまりないようだが、1870年、ほぼ60歳時の作品とされる『ピアノ四重奏曲第3番』は、初期ロマン派の香りに満ちた佳曲であり、よく録音してくれたと思う。一緒に入っている『ピアノ五重奏曲』については他にフォルテピアノによる演奏も見つかる。

Ferdinand Hiller: Piano Quartet No. 3
in A Minor, Op. 133
Oliver Triendl (pf)
Minguet Quartett
(2010)

アクセント付きのアウフタクト全奏で始まる第1楽章からリズミックで快い曲想を持つ。他の楽章も含めピアノが全体を牽引している感じ。「間奏曲」と題された第3楽章は、まるでメンデルスゾーンの無言歌集に入っていそうな感傷的な旋律で始まり、同『イタリア交響曲』第3楽章と共通する、何気なく挿入された水彩の風景画のような、優しい風が吹き抜けるような雰囲気が印象的。

同世代の作曲家たちが19世紀後半に入る頃に相次いで早世した後、残されたリスト、アルカン、ヒラーの後半生はそれぞれ異なるものになったが、中でもヒラーは保守的と言われている。保守的なのが良いか悪いかはともかく、この作品にも現れるシューマン的な世界、メンデルスゾーン的な世界は、ヒラーが若い頃からその価値を認め、おそらく歳をとっても大切にしていた思い出を影絵のように美しく投影したものといえるかもしれない。それはヒラーにしかできなかった仕事だろう。

 

(Mar. 23, 2024)