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// by 折場 捻人

ラーボア: ピアノ五重奏曲

ヨーゼフ・ラーボアは気の毒にも3歳にして視力を失った音楽家である。そう聞くと同じく目が不自由だったフランスのルイ・ヴィエルヌ(→ 第36回)を思い出す。この二人は共に短調のピアノ五重奏曲を書いている。属する世代や作曲時期には30年ほどの開きがあるし(ラーボアの五重奏曲が1886年作曲、ヴィエルヌは1917年)、両者ともあまり比較されたくはないかもしれないが、どちらの曲も「悲劇的」という形容が当てはまるし、質は異なるものの共に深い感動を受ける曲である。ただ、ラーボアがあくまで19世紀的でありスタティックで彫刻されたような悲劇性を帯びているのに対し、ヴィエルヌは20世紀的かつ動的であるという違いは大きい。その差は第一には置かれた環境の違いから来るものであろうが、非人間的な破壊行為をむきだしにした第一次大戦を経験する前か後かということが決定的であるように思う。

Josef Labor: Piano Quintet
in E Minor, Op. 3
Nina Karmon (vn)
Pauline Sachse (va)
Justus Grimm (vc)
Niek De Groot (cb)
Oliver Triendl (pf)
(2018)

ラーボアの『ピアノ五重奏曲』では、ゲッツのものと同じく第2ヴァイオリンの代わりにコントラバスが使われている。コントラバスには第2楽章トリオや第3楽章中間部など要所でソロが割り当てられており、かなり目立って活躍する。また、力強い終楽章の前に対照的に置かれた第3楽章の長く印象的なチェロの甘い歌もなかなか忘れ難い。

ラーボアはウィーンでヴィトゲンシュタイン家の庇護を受け、その後1887年生まれのパウル・ヴィトゲンシュタインにピアノを教えたことで知られている。パウルが第一次大戦で右手を失ったときに左手のための『コンツェルトシュテュック(小協奏曲)』を真っ先に書き、そのキャリアを支えたが、最近になってその曲をはじめとする3曲の小協奏曲(いずれもパウルのために書かれた)の録音が出てきている。音が薄くなることを逆手にとってウェーバーなど19世紀初めの『コンツェルトシュテュック』の軽いスタイルを活用したのかもしれないし(但しウェーバーは相当派手である)、80歳近い最晩年の作品ということもあるかもしれないが、どちらかというと古典的な響きである。ラーボアが死去して6年ほど後の作品であるラヴェルの『左手のための協奏曲』のような左手の表現力に対する過酷なまでの可能性の追及はないものの、しっかりと別の方向性で左手のための協奏曲を成立させている。ラーボアは左手用の室内楽のレパートリーも作曲していて、それらも最近になって別の団体が集中的に録音を出している(パウル・ヴィトゲンシュタインの方がテーマだが)。ほんの一握りとはいえ、ちょっとしたラーボア・ブームの様相だ。

Josef Labor: Konzertstück I
for piano left hand and orchestra
Oliver Triendl (pf)
Deutsche Staatsphilharmonie Rheinland-Pfalz
Eugene Tzigane (cond)
(2023)

 

(Jun. 8, 2024)