マルトー: 弦楽四重奏曲第1番
地図でミュンヘンから北のライプツィヒに向かってニュルンベルク、バイロイトと辿っていくと、バイエルンとテューリンゲンの州境、かつて東西ドイツの国境だったあたり、リヒテンベルクという小さな町に、ハウス・マルトーという音楽学生のための研修施設が見つかる(茂木大輔氏の『オーケストラ空間・空想旅行』という本にも出てくる)。1874年生まれのヴァイオリニスト・作曲家アンリ・マルトーが暮らしていた邸宅である。マルトーは教育者としても有能だったようで、ベルリン王立音楽アカデミーでヨアヒム亡き後、ヴァイオリン科の主任教授を約10年に渡ってアドルフ・ブッシュと交替するまで務めている。
マルトーが作曲家として残した作品では、3曲の弦楽四重奏曲、クラリネット五重奏曲や歌曲を聴くことができる。どれも洒落た味わいがある中で、1904年の作品である『弦楽四重奏曲第1番』は素朴で親しみやすい感じ。ラルゴとロンドの二部構成になっている最後の第3楽章が特に憂愁に閉ざされたような甘い美しさで光っている。
Henri Marteau: String Quartet No. 1
in D-Flat Major, Op. 5
Isasi Quartet
(2018)
『第2番』はこれに比べるとやや厳しさを見せる。一説にはこの頃知り合って親友となったレーガーの影響があるとされている。和声やリズムの複雑さも増してこちらの方が弾くのも大変そうだがその分面白味も深くなっていると思う。『第2番』に関しては、3枚構成の上のCPOのシリーズ以外にも録音が出ている。ほんのわずか、下のアルバムの方が曲の姿がくっきりと見える感じで好みである。ただ、配信で聴く限り、第3楽章の終わり近くで編集に起因すると思われるエラーがあって、変なところで1分ほど戻って繰り返される(丸々なくなってしまうよりはよいものの)。この"Andante sostenuto"は静謐な響きがとりわけ美しいのでちょっと残念だ。
Henri Marteau: String Quartet No. 2
in D Major, Op. 9
Marteau Quartet
(2016-17)
マルトーはクライスラーやティボーとほとんど歳も違わず、当時世界的に活躍していたらしいのだが、拠点を構えていたドイツでフランスのスパイの嫌疑をかけられるなどしたため、スウェーデンの国籍を取得し、そこでも弟子を育てたりした。自身のSP録音に加えそれら弟子の録音を集成したアルバムが出ていて、CD1枚分のマルトーの演奏をまとまった形で聴くことができる。この時期としてはまだ珍しいバッハの『無伴奏パルティータ第3番』全曲録音は、ノイズが多いものの颯爽としている。
J. S. Bach: Partita No. 3, BWV 1006
Henri Marteau (vn)
(1912-13)
(Mar. 9, 2024)