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// by 折場 捻人

トッホ: 弦楽四重奏曲第9番

ここのところウィーン世紀末ゆかりの作曲家を取り上げているが、前回のガルは1929年にドイツに職を得て移住している。今回のエルンスト・トッホもウィーン生まれながら1913年にマンハイム、1929年にベルリンと、やはりドイツを渡り歩いている。シェーンベルク、シュレーカー、ツェムリンスキーなどそういう例は珍しくない。ドイツの方が職を得やすかったのか、それともワイマール文化の求心力が強かったのか。トッホは1887年生まれなのでベルクとガルの間、ほぼ同世代の人である。弦楽四重奏曲は全部で13番まであり初期の5曲は失われてしまったとのこと。残り8曲はすべてCPOから出ている録音で聴くことができる。『第9番』は1919年、第一次大戦への従軍からマンハイムに戻っての作とされている。

Ernst Toch: String Quartet No. 9
in C Major, Op. 26
Verdi Quartett
(1998)

一緒に入っている戦前(1910年)作の『第8番』も素晴らしい力作だと思うが、この『第9番』では饒舌な所が少なくなり新しい響きの試みも随所に織り込まれ、結果的に淡々とした軽やかさが感じられる。短い第1楽章や最も長い第3楽章Adagioにおける自由な響きの移ろい、絡み合う群れが高音部・低音部を行き来したり、分散したり収斂したりする様は特に美しく気持ちよく聴いていられる。終楽章最後のクレッシェンドと豊かな音色のピチカートも決まっている。

『ブルレスケ』というピアノ小品も聴いてみた。特に『ジャグラー(曲芸師)』というタイトルを持つ第3曲が当時非常に人気を博したという。後期のドビュッシーを思わせる無窮動曲である。

Ernst Toch: Burlesken, Op. 31: No. 3
"Der Jongleur (The Juggler)"
Anna Magdalena Kokits (pf)
(2015-16)

『第9番』から5年後の『弦楽四重奏曲第11番』は、8歳下であったヒンデミットの委嘱で、始まって間もない1924年ドナウエッシンゲン音楽祭のために作曲されている。どういうきっかけで二人が知り合ったのか、そして委嘱が行われたのか詳しい所については情報を見つけることができなかった。ともあれ、先述したようにトッホは1929年にヒンデミットもいるベルリンに引っ越しており(ベルリンではホルンボー(→ 第86回)を指導している)、その頃にはヒンデミットに劣らない代表的「前衛音楽家」の一人に数えられるまでになっていたようである。そのヒンデミットも、7曲の弦楽四重奏曲を書いている。

Paul Hindemith: Complete String Quartets
Danish Quartet
(1995-96)

トッホの『第11番』はまた、ウィーンの作曲家で2歳上だったエゴン・ヴェレスに献呈されている。下のアルバムではヴェレスの9曲の番号付き弦楽四重奏曲のうち3曲を聴くことができる。このヴェレスや以前に取り上げたヴァイグル(1929年からガルの後任ポストに就いた)は、ウィーンに残ってナチの台頭まで活動した作曲家に属することになる。

Egon Wellesz: String Quartets
Nos. 3 (Op. 25), 4 (Op. 28) & 6 (Op. 64)
Artis Quartett Wien
(2005)

これらの弦楽四重奏曲は、スタイルの大きな変遷もあるし、作曲家ごとの個性の違いももちろんあるのだが、それでも(一部亡命後に作曲されたものを除いて)共有された時代性とでもいうべき相通じる匂いが漂っているように思う。いくつかをつまみ食いのように並べて聴くのもまた乙なものである。

 

(Jul. 13, 2024)