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// by 折場 捻人

デュティユー: 夜はかくの如し

デュティユーという作曲家は昔からそのレコードの紹介をよく目にしたので心に引っ掛かっていたが、その割にはちゃんと聴いたことがなかった。このアルカントQのアルバムは少し前に話題になっていたもので、技術はもちろん、千変万化のこの弦楽四重奏曲『夜はかくの如し』に対峙する集中力・レスポンスが流石だった。

Henri Dutilleux: "Ainsi la nuit" for String Quartet
Arcanto Quartett
(2009)

この四重奏曲を印象で形容するならば、薄暗い部屋の隅、虫の羽音、川面の妖しい煌めき、蔓を四方に伸ばす植物、要するに夜の闇に生身のまま投げ出された人間の感じる畏怖といったイメージがまずは聞こえてくる(こう書いていて、文化的バックグラウンドの違いといったあたりに限界を感じずにはいられないが)。だがそのような表面の音質的特徴だけではないはずで、音楽という時間の矢に逆らえない表現形式のなかで、あえて時間感覚の操作を試みようとしているのか、などと考えて見るが具体的にはよくわからない。ちなみにリゲティにも『夜の変容』という弦楽四重奏曲(第1番)があり、ずっと前衛的な第2番に比べてまだバルトーク、特にその弦楽四重奏曲第4番の影響が残るように言われる。デュティユーのこの作品は、それらのような開放的な攻撃性とは異なり(似ている部分もあるが)、響きの美感を抑制のきいた冷静さで丹念に、執拗なほどに追及している感じ。まあ自分のような凡庸な音感では、この彫琢を尽くされた作品における高度な音程関係や複雑なリズムの必然性などちゃんと把握できてはいないのだろうが。

ロッケンハウス室内楽祭におけるEberhard Feltz氏によるこの曲のレクチャーがYouTubeに丸々上がっているのだが、そこで氏は「この曲にメッセージ性を求めることはできず、本来それについて講演することは無駄である。書かれた全ての音が重要でありそれに耳を傾けるしかない」というような意味の前置きをした上で、特徴的な作曲技法の解説に始まり、記憶、時間の反転・停止、さらには人間存在への問いかけといった哲学的問題に至るまでの(多くが示唆にとどまるため)難解な論を展開する。そしてレクチャーの最後に突然映画監督のアンドレイ・タルコフスキーの名を、直接的な関係を云々するのではなく、だがいかにも意味ありげに挙げている(*1)。

アルカントQのアルバムでこの曲に続けてラヴェルの弦楽四重奏曲が始まった時(これ以前にも同じ組み合せのアルバムはある)、しかもその冒頭主題のF音に微妙なポルタメントを付けて奏されるのを聴いて、大げさだが「ああ、帰ってきた」という懐かしさが思わずこみあげてくる。だが同時に、曲のモダンな部分が常よりも目立って耳に入ってくるのにも気付く。これはまさにタルコフスキーの映画『惑星ソラリス』のラスト、主人公が地球の自分の生家に戻るシーンを観て感じるのと同類のものではないか。映画ではその直後カメラが急速に上昇、俯瞰するにつれ彼のいた場所がソラリスの海に囲まれた小島と化してしまうというショッキングな結末が用意されている。

タルコフスキーがこの映画やその後のより重要な作品群で繰り返し描くのは、異常かつ危機的な心理状況に置かれた主人公が絶望し救いを求める過程であり、結末としておそらく救済は与えられるのだが、同時にそれは客観的に見れば外界からの決定的な疎外という悲劇になっている。これを皮肉ではなく圧倒的な映像美として見せるのがタルコフスキーの凄い所である。(ちなみに『夜はかくの如し』は『惑星ソラリス』の数年後の作品である。)

とはいえデュティユーやラヴェルの作品が、救済ましてや宗教などといった観念的なものを扱っていないことは言うまでもない。だが、聞き馴染んだラヴェルの四重奏曲が何らかの作用により、ノスタルジックだったり現代的だったりと、様々なレンズを通して見たかのように変容されて聴こえてきたのも事実である。ある意味、映画を観るよりも純度の高い体験であったかもしれない。

  1. Eberhard Feltz on Dutilleux "Ainsi la Nuit" in Lockenhaus 英語字幕からの引用:"One really should name a substantial star not one chosen for its apparent brightness, for Dutilleux. In 1988, for example, an streroid discovered in 1982 was named for the wonderful film-maker Andrei Tarkovsky."

(Feb. 25, 2023)