コベット室内楽コンペティションを彩った"Phantasy"
ヴォーン゠ウィリアムズの『幻想五重奏曲』(前回触れたアルバート・サモンズの率いるロンドン四重奏団が1914年に初演した)の原題が"Fantasy"でなく"Phantasy"という綴りになっているのに以前から気付いてはいたものの、深く気に留めることはなかった。この曲は、英国の実業家ウォルター・ウィルソン・コベット(Walter Willson Cobbett)の委嘱によるものである。このコベットという人は、自らヴァイオリンを弾き、室内楽を楽しむという室内楽愛好家で、16~17世紀に流行したヴィオール・コンソートのための "Fantasy"("Fancy"とも)に触発され、当時の作曲家たちに新時代の室内楽曲 "Phantasy "を作曲してもらうことを考え、その際に彼の思いつきでこの綴りが特に選ばれたらしい。
コベットの想定した "Phantasy "は、12分くらいに収まる単一楽章から成る弦楽を中心とした室内楽で、その中にリズム・テンポの異なる複数の部分を持つこと、各パートが対等に活躍することなどを条件とするものであった。このように緩い特徴しか指定していないので、普通に『幻想曲』として聴いても特に違和感はないようだが、コベットの思いとしては、大陸産のソナタや弦楽四重奏曲とは異なる、英国の伝統に連なる新たな室内楽ジャンルとしての "Phantasy" を夢想していたようである。
1905年の第1回コベット・コンペティションでは、そのような条件を満たす "Phantasy弦楽四重奏曲" がテーマとなり、多くの応募を得、その後も編成・テーマを変えながら1919年の第6回まで続けられた(なお、ヴォーン゠ウィリアムズの『幻想五重奏曲』はコンペティション参加作品ではなく、委嘱作品)。今回取り上げるアルバムは、第1回の受賞作であるウィリアム・ハールストーン、フランク・ブリッジ、ジョセフ・ホルブルックの作品と、第4回の応募作であるユージン・グーセンス、第5回からハウエルズ、ホルストの計6曲(すべて弦楽四重奏曲)が集められた貴重なものである。
William Hurlstone: Phantasy for String Quartet
in A Minor
The Bridge String Quartet
(2014)
これら作品を聴き比べてみて、こういう範疇の楽曲を並べたコンペティションにおいて果たして明確に順位を付けられるものなのか心配になるほど不思議に相通じる点のある作品群だと思わずにいられない。第1回の第1位を得たハールストーン作品は、やや古典的で冒険が少ない気がするがそれだけに完成度が高いと思う(ハールストーンはこの翌年に病死してしまう)。個人的には第3位だったブリッジの作品の方が変化に富んでいて美しさも際立っている気がした。その他、ホルストの作品『英国民謡によるPhantasy四重奏曲』は以前Tippett四重奏団の録音(R. スワンストン編による)を取り上げたが、実はこの作品は作曲者本人が気に入らず、撤回されていることを今回はじめて知った。
コベットが後に述べているように、彼の"Phantasy"を最もよく表現しているのはヴォーン゠ウィリアムズの『幻想五重奏曲』であり(さらに、古楽の伝統を現代に還元するという点では、室内楽ではないが『タリス幻想曲』が勿論独自の高みにある)、たしかにここで聴けるコンペティション作品とはやはり一線を画す存在になっているのだが、そうであってもコベットの室内楽振興への情熱と実行力、そして何よりこれだけの同時代の賛同を得たことに対する評価を低めることには決してならないだろう。
(Dec. 16, 2023)